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東京高等裁判所 昭和35年(う)475号 判決

被告人 雨宮利吉

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役十月及び罰金二千円に処する。

但し、三年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人において右罰金を完納しないときは金二百円を一日に換算した期間労役場に留置する。

訴訟費用中、原審証人内田宗子及び同布施喜満に支給した分は被告人と原審相被告人山岸茂、同池原泰二、同矢沢千代作及び同稲垣佐平との連帯負担とし、当審における分は全部被告人の負担とする。

押収にかかる白金ロジウム線一巻、白金ロジウム塊二個及び白金地金一個(当庁昭和三五年押第一九七号の三乃至五)を株式会社日立製作所トランジスター研究所に還付する。

理由

原判決は、被告人が原審相被告人、池原泰二外二名から、原判決の右原審相被告人等の罪となるべき事実摘示のように、白金ロジウム線三〇〇、四七瓦を買い受けた事実を認め得るも、被告人が右白金ロジウム線が賍物であることを知らなかつたものとして、被告人を無罪としたのであり、右知情の点を否定する理由として(一)右取引を仲介した朴魯封と被告人とはともに古物商であり、古物商間においては相互の体面信用を重んじて取引する実情にあること(二)白金ロジウム線自体から賍物性を発見することが容易でないこと(三)右朴魯封に対しては起訴がなく、被告人が朴魯封に比し特に賍物たるの情を認識すべき格別の事情が認められないこと(四)本件取引を古物台帳に記載しなかつたのは健康がすぐれなかつたためであること(五)被告人の司法警察員及び検察官に対する各自白は措信し難いこと等を説示しているのである。所論は、これに対し原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。

よつて、記録及び証拠物を精査し、これに当審における事実審理の結果を総合して考察するに、被告人は多年貴金属回収業をしており、朴魯封は屑鉄、ボロ等の仕切屋をしており、被告人の雇人は時折朴魯封方に到り取引をしていたのであるが、被告人と朴魯封とは、二、三回面接したに過ぎない関係にあるのであるから、本件のように被告人自身において朴魯封方に赴き取引する場合に同人の言を何の疑もなく頭から信用するものとは思われず、多年貴金属回収業を営む被告人は、屑鉄、ボロ等の回収業を営む朴魯封とは異なり、本件白金ロジウム線が市販されていないものであり、電気器具等を製造する大会社の使用するものであり、金融等のために処分する筈のないことを熟知していたものと認められ、殊に売主等が売り急いでいる状況等を見るにおいては賍物であるやの疑を持つのは当然の事理に属することであるに拘らず、被告人はその出所や売主の氏名、住所等を確認することなく、また、朴魯封方に出かける体力を有しながら、古物台帳に記載すべき営業上の義務を果さなかつたのは、まさに、賍物たるの認識があつたためであると推断し得るのであり、これ等の情況に徴すれば、被告人の司法警察員に対する昭和三十三年十二月二十二日付、検察官に対する同月二十四日付各供述調書を措信しない訳に行かず、また、被告人が勾留されたのは同月十一日であるから、長期勾留による自白としてその任意性を否定することもできない。しかして、前記情況及び右各供述調書を綜合すれば、被告人が本件白金ロジウム線が賍物であることを認識しながらこれを買い受けたことを明認し得るに拘らず、その知情の点を否定し、被告人に無罪を言い渡した原判決は到底破棄を免れず、所論は理由がある。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 滝沢太助 鈴木良一 山本長次)

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